日々の記憶90
長野の家の近く、スーパーに買い物に行く途中シトロエンとかルノーとかフランス車がやたらと目に付いた。これはおそらくなにかのミーティングがあると思い、早速携帯で検索するとフレンチブルーミーティングが車山高原で開かれているようだ。
予定を変更して車山に向かった。
会場に着くと、もうフランス車が駐車場を埋め尽くしていた。ルノーやシトロエンなどの見慣れた車のなかにアルピーヌやゴルディーニ。普段なかなかお目にかかれない名車が目白押しだ。
フランス車はなぜか優しい感じがする。競わないと言うのだろうか。そのアルピーヌやゴルディーニなどのラリーマシンにしても、どこか愛嬌があってかわいらしい。
これがドイツ車になると、やはり機械としての凜とした雰囲気にちょっと圧倒させられるのだが、ここには平和な空気が流れている。
フランス車のデザインは特にだけど、やはり70年代までの車のデザインはほんとにかわいいし、美しい。
国産車でもイタリア車でも同じだ。
すべての車には顔があって、笑っていたり、すましていたり。見るほうもなんだかそこに人格を感じて和んでしまう。今の車のデザインはなんだか意地悪な顔やロボットのような冷たい顔。これも時代がそこに現れているのかもしれない。ひとが道具とほどよい関係で関わっていられた時代。カメラも車も似たような感覚を覚える。
世の中はいよいよ自動運転の時代に入る。自動車とは自から動く車、そう考えれば本来の自動車の時代はこれからかもしれない。
しかし、ぼくの世代はその流れについていくことはすこしばかり無理。ひとがいなければ動くことのできないクルマという道具が
愛おしい。
あるロケの時に、マニュアルの軽トラを元気に動かすお婆さんがいた。
「おばあちゃん、すごいね。マニュアルじゃない」
するとおばあちゃんはぼくにこう返事してきた。
「あんた、最近のクルマなんて怖くて乗れないよ。だって、動きたくないのに勝手に動くでしょ。マニュアルなら、動かしたいと思ってその操作をしなけりゃ動かんから、安心よ」
確かにおっしゃる通りである。
iphone 車山高原にて