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2017.08.19 Saturday

自然な写真作法

 

お盆休みをとった。今週13日から一週間ほどを長野県茅野にあるアトリエで過ごすことができた。天気はあいにくの雨。いや、一般的にはそう言うけど、ぼくにとっては、幸運にも雨。

雨は大好きだ。雲や霧、朝はツユクサに露が付き無数の小さなレンズが。農道には水たまりができて森を映し、あまりにも正しすぎる夏の緑はその彩度を落としてグレイッシュな深い趣ある色になる。

毎朝、犬の散歩が終わったらカメラを持って森に行く。車を出して高原に行く。

そして今週は、何人かの友人が遠いところに足を運んでくれた。訪ねてくださるというのは本当に嬉しいものだ。何しろ普段一人でいれば、ここには森と空と静かな時間以外は何もない。

人は贅沢だ。こんなに美しく静かな環境があっても人恋しくなり、東京で忙しく働けば静かな孤独を欲する。

そんな人間が撮っている写真だから、同じようなことになる。

森の写真を撮っていれば、都会の風景が撮りたくなり、人を撮っていれば、何もない水平線が撮りたくなる。

ぼくの写真はどこに確固たるコンセプトがあるのか? 

考えるほどに見当たらない。ただここに至ってあまり悩まないことにしている。写真はもっと自然体にあるもの。写したいと考える以前に感じた瞬間にカメラを向ける。空気に沈み込むような自然であれば、再度そのディティールの美しさや存在の幽玄さを感じながら画角と露出を決めて写真にする。人であれば、自分をそのまま言葉にして会話をし、相手の気持ちの開いた表情を一枚撮らせていただく。静物ならば、できる限りシンプルにありのままを写し撮る。

そう決めている。それがもっとも自然な写真作法だ。

 

leaf credo 80 高原の花

 

 

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