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2018.11.29 Thursday

写真は未来を写せるか。

 

すこしブログを怠けてしまいました。いつも書かなくてはと思っていても、ムラムラと何かが湧き出てこないときは、どうやっても

タイピングが捗りません。少し書いては、こんなことは読んでいただくほどのことではないとディレートすることの繰り返し。

なんだかんだと7年近く続けてきているこのブログも何度かやめようとしたりして、それでもその度にいやいやこれは自分の感覚や考えを整理するにはすごくいいものだからと、続けています。

 

いま、クアラルンプールのギャラリーで、先日撮影してきたキナバル山の写真を展示しています。

TWO MOUNTAINS PHOTOGRAPHY PROJECT です。昨年も参加した写真展で、アジアの二大霊峰である富士山とキナバル山をそれぞれの国の作家が撮って一堂に展示するというものです。

 

  

 

 

会場が広くて写真も落ち着いて見えます。やはりこのくらいの空間があると写真展も見応えがある。日本ではなかなか難しいです。

ぼくの作品は全部で12点。キナバル山に見る自然の循環と調和的な風景の構築です。

水や空気の循環は、一つの空間に様々なマテリアルを生み出します。

水の流れ、霧のグラデーション、水滴に光る岩、植物の葉。

そこにある全てに新しいマテリアルと表情を見つけるのは本当に楽しい作業です。

そしてそれを見つけながら、自分が今までに生理的に持ち続けてきた日本的な美的構成手法で、それらを6X7のフォーマットに納めます。結果それらは、熱帯の島にそびえ立つ山岳写真ではなくなり、無国籍なそして平面的な季節も時間をも排除したような独特のトーンになるのです。おそらくそれは僕だけにできる作業であって、それが良いか悪いということではなく、そこにぼくが写真を撮る意味があると感じるのです。

ずっと無意識に煮詰め続けてきている自分の個性と美意識。その延長線上にある現在のぼくの作品。それは過去を背負うものではなく、しっかりとした意識の元に未来を表現したものです。

自然とそのマテリアルの美しさを整理してミニマムな要素に分解して、意識の落ち着くところにまとめ上げること。それが明日の自分の存在に繋がっています。

言い換えれば今日撮っている写真はこれからであって、それがこれまでを作り上げる。自分が歩いてきた道や思考を再び呼び戻す力になり、未来の自分に至る。

大上段に人類のと言っても良いのかもしれませんが、そこにある現象や存在は見事に美しく、しかしながら無意識ですがその無意識に自分の視覚を同調させることがまさに写真という行為なのです。

そのようにして制作した今回のキナバル山の写真が、オリジナルでお見せできないのは残念ですが、機会があれば日本でも展示したいと思っています。

そこには普遍という意味を含めて、未来は変わらないという確信を感じていただけると思います。

写真に未来は写るのか?答えは写るのです。いや、映るのです。

 

LEICA SL 24-90 

 

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