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2019.01.15 Tuesday

記憶の共存

 

このブログのタイトルである「日々の記憶」は、ぼくのプライベートショットをまとめた私蔵の写真集のタイトルです。

もともと何時このタイトルに行き着いたのかは、よくわかりませんが、いまぼくはこう解釈しています。

いつも朝起きると、言いようのない不安感に襲われることがあります。気持ちのいい朝のはずなのに、不安でどうしようもない気持ちになります。そしてその後に必ずやってくる心のつぶやきは「どうして何のためにこの世に送り出されてきたのだろうか。」という疑問です。この広い宇宙の中で地球の日本のここに今いて、過去63年の人生を抱え、友人がいて、家があって、大切な人がいて、ガンタがいて。考えるほどにこれは奇跡の集合体です。でもその奇跡に押しつぶされそうになる不安。何かしなくてはならないような切迫感。うまく言葉にできませんが、それはたまにやってくるのです。

しかしながら、起きていつものように仏様に向かって下手くそなお経を読むと、心からその不安感は消えていきます。そして、むしろその奇跡をどうやって今日の1日にリンクさせていくかという思考に変わっていきます。

これはとっても不思議なことです。

なぜならば、様々な後悔や罪の意識が、少しの時間でこれからの未来へのリンクになるというのですから。この関係性はいってみれば写真の光と影です。影を見ればそこに光を感じ、光を感じれば影を欲する。人はどこまでも都合よく自分のことを考えます。そしていつも正当化する理由について考えます。けれども朝起きたばかりの自分の心の状態は、その都合を考えてはいません。そのままの自分自身です。そこは大変強い力で心に様々な不安や恐怖を抱えています。それらは何でしょうか? 記憶なのです。

日々の記憶は、毎日毎日引き出しの奥に仕舞われていきます。そして、いい記憶と嫌な記憶などに分類されて整理されていきます。

残念ながら、これらの記憶は勝手に自分の潜在意識が分類してしまうのです。

写真とは、その自分勝手な記憶の分類をいつも冷静にぼくに見せてくれるものです。分類から外された記憶は、光と影のように、いいものも悪いものも「共存」という枠の中でお互いが変化しあいます。そうなればしめたものです。記憶は過去という枠から、ライブなものへと変化するのです。ライブ、すなわち未来に続くもの。

私たちは記憶を溜めながら終りに向かって生きています。命をいかに楽しむか。価値あるものにするか。

大きなヒントは、記憶の共存だといつも思っています。

写真は、ずいぶん昔にハワイで初めてのサーフィンに挑戦している子供の頃の娘です。はたして、彼女にはどんな記憶としてこの日が刻まれているのでしょう。何時の日か聴いてみたいですね。

 

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