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2019.07.15 Monday

焙煎の時間

 

昨日は心身共に集中を強いられる撮影で、今朝はガンタの散歩も遅くなるほどに寝坊した。窓のブラインドを上げると窓に小さなレンズのような水滴が付いている。今日も雨だ。

ひとまず気を取り直しガンタを連れて散歩に出る。出足が遅れた分ガンタに申し訳なく、少し長めに歩いた。

いつものように携帯で雨の中の花や草木を撮りながら家に戻り、早速珈琲を淹れた。

珈琲のストックは常に切らせない。

ストック瓶に残った珈琲が心許ないので、早速焙煎することにした。

一回の焙煎は生豆で300グラムだ。アルミのバットに生豆を少しずつ取り、丁寧に一粒一粒をチェックしなくてはならない。それはハンドピックと言って、虫に食われた豆や腐れ豆を弾いていく作業だ。他にはピーベリーという木の先の方にできる特殊なまーるい豆も取り分ける。これはこれで美味しいので、まとめて後で焙煎することができる。

だけど、写真にあげたような痛んだ豆は、一緒に焙煎すれば確実にその珈琲の風味を雑にしてしまう。だから、時間をかけて丁寧に取り除かなくてはならない。いつもは時間のある時に1キロから3キロくらいの豆をまとめて、このハンドピックをする。

以前、焙煎を始めたばかりの時はこれが面倒だった。何しろ半日くらいかかってしまうこともあるのだから。

しかし、今はこの作業がとっても好きだ。その理由は二つある。

一つは、明らかに仕上がりの味が違うこと。二つ目は、丁寧に豆と向き合う時間がとっても豊かだということ。

日々にストレスは多い。最近の僕のストレスは、業務としての仕事の質が思うように上げられないこと。クライアントの考え方や、クリエーティブの方向性が、どうも僕自身の個性とマッチングすることが少なくなっている。時代の変化と言えばそれまでだが、僕が理想とする映像の在り方や考え方はやや旧くなってしまったのかもしれない。スピード感も。それは致し方ないのだが、心底仕事好きの僕にはきついのである。

40代から50代、もっとも仕事に乗っていた時代は、生きていくということの充実感はそのまま仕事の充実感だったから、60代になった今、仕事に求められる価値観が変化して自分の居場所が狭くなったり少なくなったりすれば、生きているという充実感も痩せてくる。

ここ数年の自分の中のストレスは確かにそこからくるものだ。

だけど最近は逆に思うことが多い。仕事という業務の裏側に隠されてしまっていた、本当の生の豊かさに気づく時間を与えられてると感じるようになってきたのだ。

生きることにとって一番大切なことは?

それは自分に与えられた時間をどれだけゆったりと楽しむかではないだろうか。

若い頃は自分の仕事を完成させることで精一杯で、より良い仕事をしたいとそればかりを願っていたが、ある程度世の中に認められてくれば、もっともっと仕事が欲しいと欲が出る。知らず識らずのうちに。

足るを知るということを忘れていく。

 

使い込んだバットに豆を少しずつ取り、丁寧にピッキングして、手回しの焙煎機でゆっくりと焙煎の紫煙を楽しむ。

仕上がった珈琲をその時の気分に沿った方法でで落として、気に入ったカップで。音楽を選んで。

 

さてと!明日は今週から始まる写真展の展示である。そして明後日からは三本の撮影を一気にこなさなくてはいけない。

仕事に溺れないように、珈琲の焙煎と同じように、自分の時間を大切にしながら仕事を楽しもう。

 

ピッキングしたダメな珈琲豆。iphone

 

 

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